November 19, 2006

私たちが求める糖尿病治療

以下、11/18(土)にNPO法人・西東京臨床糖尿病研究会の第40回例会で講演した内容を掲載したので、ご興味・ご関心のある方は是非ご覧いただきたい。

プレゼンに使用したファイルはこちらから

■私たちが求める糖尿病治療

1.ご挨拶
ただいまご紹介をいただきました能勢謙介です。現在「IDDM-Network」というWebサイトと、「IDDM-Mailent」というメーリングリストを運用し、そこで1型糖尿病に関する情報発信と意見交換を行っています。

今日は「私たちの求める糖尿病医療」のテーマの下、「1型糖尿病の患者本人代表」ということで声を掛けていただき、こちらで話をさせていただくことになりました。こうした場で話をすることにはあまり慣れてはないのですが、ここにお集まりの医療関係者の皆さんに、個々の1型糖尿病の患者が医療現場において何を思っているのか、どう感じているのか、どうしてもらいたいのかについて、より深く知ってもらうための手がかりを掴んでいただければ幸いです。

さてその前に、私の1型糖尿病発症歴と共に「何故私が1型糖尿病の患者会活動をするようになったのか」その経緯も含めて、改めて自己紹介をさせていただきたいと思います。

2.経歴
私は1970年の京都生まれで、1型糖尿病を発症したのが高校3年生の夏、17才の時です。その年の夏は特に体調が悪く、近所の掛かり付けの病院に掛かったところ、血糖値が700を超えており、即入院となりました。入院は3週間ほどで済んだのですが、マイナーな病気であるということと、今のようにインターネットもありませんでしたので、「自分は社会から孤立してしまった」という感じを強く持った覚えがあります。周りにも1型DMの人は全くおらず、「日本でこんな病気になるのは自分ぐらいなんだろうか」と思って、一人で寂しくやっておりました。ところが、1年ほど経った頃、「1型糖尿病の患者会があるらしい」ということを知りました。主治医に訊いてみたところ「ああ、ありますよ」と言われて、これは非常にショックでした。「一体今まで自分は何をやってきたんだろう」と。

そこから地元の患者会に関わるようになったり、個人でWebサイトを持つのがまだ珍しかった1997年には「IDDM-Network」を立ち上げ、そこから急速に世界が開けてきたように思います。それらがきっかけとなり、1998年には、大阪糖尿病協会が主催するDM VOXのスタッフとして参加、2001年には1型糖尿病患者の保護者の方が中心になって運営されているNPO法人の「日本IDDMネットワーク」(当時は「全国IDDMネットワーク」)に役員として参加するようになりました。

また、2002年には、個人的にはこれまでにいちばん大きなイベントとなる「1型DMフォーラム」にスタッフの企画・運営を担当したことがあります。その後、「日本IDDMネットワーク」では副理事も務めたのですが、本業が忙しくなり2005年に退任しました。

現在の本業はWebサイトの企画制作の仕事に就いております。いわゆるIT関係ですが、2002年に転職して横浜に来て以来、関東で生活しております。

3.最近のHbA1cの推移
さて、そんな私ですが、日常はどのような血糖コントロールをしているのか。それについても簡単に触れておきます。昨年の6月以降の検査数値ですが、HbA1cが基準値のほぼ上限いっぱい付近で推移しています。日常生活では、朝食はきちんと摂っていますが、忙しくて昼食が遅くなることが多く、抜いてしまうこともしばしばです。それを考えると「上出来」かもしれません。

使用しているインスリンは超速効型と超持続型の2剤のみです。3年ほど前まではRとNで対応していましたが、今では超速効型と超持続型のない血糖コントロールは考えられません。逆に、融通が利くようになった分、生活は不規則になっていると言えるでしょう。

4.医療関係者にお願いしたいこと
それでは、まず最初に、本日皆さんに持ち帰っていただきたい一番のテーマを挙げておきます。

1型糖尿病患者の立場から医療関係者にお願いしたいことですが、我々は医療関係者からは「理解」がほしいと考えています。

我々が必要としている大きな要素としては、まず1つめに「共感」が挙げられるでしょう。これは、「そうそう、私も同じ事で苦労して居るんですよ」とか「注射してからなかなか食事が出てこなかったら大変ですよね〜」とか、同じ1型糖尿病患者の方同志のコミュニケーションから得られるものです。

2つめが「理解」です。我々はやはり身近な人からの応援や、専門知識を持つ医療関係者からのサポートを必要としています。日常生活の中で得られる経験値も大きいのですが、大規模な疫学調査で得られる知見や、生理学的な仕組みを理解した上でのアドバイスやコンサルティングは何よりも貴重です。その意味では皆さんには大いに期待しているのです。

そして、3つめ。これらをベースに、日々の行動と実践を積み重ねていくことによって、自分自身に対する「自信」をつける。そうすることで、病気発症以前のペースに戻したり、あるいはそれを超えることさえ可能となります。ここまでくることができれば理想ですね。

このとき、医療関係者の皆さんにお願いしたいのが、「分かる部分」と「分からない部分」を明確にしていただきたいということです。皆さんは専門家ならではの知識をお持ちだと思いますが、それは本当に実生活に即したものになっているでしょうか。「毎日毎食決まったカロリー数の食事を摂ってください」という指導は、気持ちは分かるのですが、実際には不可能です。期待が大きい分、的外れな事を言われると、その分、落胆は大きくなってしまうのです。どうかそのことは頭に入れておいてください。

また、これだけは避けてほしいこととしては、「不安・恐怖」による動機付けですね。「コントロールが悪かったら壊疽になるよ」とか、「そんな不規則な生活をしていると、目が見えなくなるよ」とかですね。これも是非やめていただきたい。人間を負の要素で駆動させようとすると、あとで必ず破綻しますので…。

5.そもそも1型糖尿病とは?
さて、ここから本題に入ります。

「今さら」ではありますが、1型糖尿病とは、どんな疾患のことでしょうか?

「自己免疫疾患」とか、「膵島が廃絶、激減する疾患」とか、「小児糖尿病」、あるいは「若年性糖尿病」とか言われています。ただ、私から言わせると、これらいずれもが正しい実態を表していないと思います。

「1週間で死ぬ」疾患。これに尽きると思います。

皆さんは医療関係者の方が殆どかと思いますが、毎食前にご自分で注射をされた経験をお持ちの方はいらっしゃるでしょうか?ちょっと手を挙げてみてください…ありがとうございます。医療関係者にとってさえ、それだけ希有な体験を、我々は毎日毎日、一日も欠かさずに積み重ねていく訳です。

そしてさらに恐ろしいことに、1型糖尿病は慢性疾患なのでこれを一生続けないといけない訳ですが、これが何を意味するか、お考えになったことはあるでしょうか?

それは、「最初に覚えたことは、急激に深刻な事態に至らない限り、ずっと継続される」ということです。つまり、例え間違っていることでも、急性の症状が出なければ、そのまま続けてしまう訳です。その意味でも、我々は「正しい理解」に基づく、「有効な対応方法」を常に求めているのです。そのことをまず頭に入れておいていただきたいと思います。

6.間違いだらけの病名
次に、病名の問題です。こちらに「間違いだらけの病名」とありますが、医療・医学について専門知識のない方が「糖尿病」という字面を見て、どのように感じられるでしょうか?例えば高血圧であれば、「あ、血圧が高いんだな」ということが分かりますし、「だったら血圧を下げないといけない」というところまで、ごく自然に思考が進んでいくものと思います。

これに対しどうでしょう、「糖尿病」は?「尿に糖が出る」のだったら、「尿糖を抑えないといけない」のでしょうか?何かヘンですよね。私の妻の友人の話ですが、その方のお母さんが糖尿病になったとき、「お母さんは糖尿病で、尿に糖がどんどん出てしまうから、どんどん糖質を補う必要があるのではないか」と最初思っていたそうです。全然反対なんですが、こんな病名が付いてしまっている以上、ある意味仕方のないことなのかもしれません。

取り敢えず現状では、病名から病因が推測できないので、予防や啓蒙に全く貢献しません。そうではなくて、糖尿病は「全身血管合併症」な訳ですから、少なくとも医療関係者の皆さんには、我々患者に対してそうした「正しい認識」を提供してもらいたいと思います。

7.1型糖尿病と2型糖尿病
また、これは医療関係者の皆さんはあまり意識されていないかもしれませんが、我々は非常に重大と考えている問題を。
「古くて新しい問題」かもしれませんが、1型糖尿病と2型糖尿病の違いについてです。「誰も好きこのんで病気になる訳ではない」。それは十分判っています。しかし、原因・理由・病態が違う疾患を一緒くたに扱って、何かメリットがあるでしょうか? やはりここは明確に「違う疾患」であるとの認識と対処が必要だと考えています。例えば、1型糖尿病は「後天性インスリン欠損症」という表現が可能でしょうし、2型糖尿病は「生活習慣型糖代謝不全」と表してもよいのではないでしょうか。これは、是非別々に扱ってもらいたいところです。

8.2型糖尿病と一括で扱われると…
その理由ですが、1型糖尿病と2型糖尿病を一緒にされると、まず病因に関する知識が混乱してしまいます。「若いのに大変ねぇ」と言われても、私なんかはもうびくともしませんが、やはり発症直後の方は動揺してしまいます。「そうじゃないのに」「違うのに」。でも、経験が浅いと、うまく説明できません。あるいは、「これまでの自分の生活習慣が悪かったんだろうか?」と思うことも少なくありません。

そうした事が重なっていくと、「今までの自分のあり方」に疑念や自責の念を抱くようになり、病気克服のための動機がどんどん低下していきます。

ですから、入院中に教育や栄養指導をされる際は、例え面倒でも時間がなくても、必ず別々に行っていただくようお願いします。

9.何のための「入院」?
さて、1型糖尿病発症時、殆どの方は入院されると思いますが、これは「何のための『入院』」でしょうか?

ブリットル型など、血糖値が極端に不安定になるケースは別として、私は、日常生活から隔離するために入院させられているような気がしてなりません。入院とは本来、「可能な限り、早期に社会復帰する場」として位置づけるべきではないでしょうか。

逆に、入院時には「日常生活でできないこと」に絞ってはどうでしょうか。例えばここで、自動車免許の話を取り上げてみます。ドイツで自動車免許を取ろうとすると「急ブレーキ教習」というものが必ずあります。これは何かというと、急ブレーキを実際に体験させるんですね。自動車は、どれだけ「安全」を謳ったとしても、事実として1トンの鉄の塊であり、使い方を間違えると簡単に人を殺してしまいます。つまり、緊急時には急ブレーキが不可欠な訳ですが、「急ブレーキを踏まなくてもいいように」ではなく、「必要なときには躊躇無く踏めるように」というのがドイツ式の考え方です。もうお分かりですね?入院中には、できるだけ低血糖を体験できるようにしてもらってはどうでしょうか?退院すれば、そう気楽に低血糖になる訳にはいかないのですが、入院中であれば、周りには優秀なスタッフの皆さんが揃っていらっしゃるので、安心して低血糖になれるはずです。これは冗談ではなく、私は本気でそう考えています。

血糖値は日常生活を送る中で安定させるべきであって、入院生活の中だけで安定していても仕方ないのです。模試で100点を取ることを目指すのではなく、より本番に近い環境でシミュレーションを重ね、可能な限り早期退院できるようにサポートしてもらえたらと思います。

10.日常生活への復帰の前に
その他、入院中に具体的に取り組むべき事ですが、やはり、次のような備えが必要ではないでしょうか。
 以前と同じ生活が送れるだけの自信をつけてもらう(低血糖・高血糖を防ぐための食事やスライディングスケールの方法など)
 学校や職場への説明方法を提案する
 緊急時にどうしたらよいか、その対応方法や連絡先を提示しておく
 直近に、進学・就職・転職・結婚・妊娠・出産などのライフイベントがあれば、そこで予測される事態に備えておく
 1型糖尿病の患者会があれば、それを紹介する

これらは是非短期間のうちに叩き込むようにしてください。

ちなみに、発症してから1年後、患者会の事を主治医に訊いたとき、「どうしてこれまで患者会のことを紹介してもらえなかったんでしょうか」と質したところ、「ああ、君はしっかりしてるから、要らないと思っていた」との返事でした。どうしてそれを医師が勝手に決めるのでしょうか?もし患者会のことを知っていれば、それを知らせ、あとはどうするかは本人が判断すべきことではないでしょうか。私はその時、非常に憤りを感じました。皆さんも、この点にはどうぞ気に留めていたきたいと思います。

ただ、「どうして患者会のことを教えてくれなかったのか?」との思いが、私がこれまで患者会を続ける原動力となってきたので、その意味ではこの当時の主治医には感謝しています。

11.低血糖は「あってはならない」?
それでは、先ほども少し出てきましたが「低血糖」は「あってはならない事態」なのでしょうか?

本日ご参加の皆さんの中で「低血糖にならないように」という指導をされている方、またはされた方はどのぐらいいらっしゃいますか?では、その中で「低血糖になったときの具体的な対処」を患者さんに教えられた方は?その際、「ブドウ糖を使うこと」をきちんと教えてもらっているでしょうか?

さらに、こちらはその100%の「ブドウ糖」10gなのですが、実際どんな味がするか、ご存じでしょうか?「甘い」「美味しい」と思っておられる方がいるかもしれませんが、実は、全然美味しくありません。それどころか、私は砂を噛むようなものだと思っています。水がないとなかなか飲み込めませんよね。しかも、しかし、こうしたひとつひとつの具体的な対応方法を示すことが、実は非常に重要なのです。

健常者に近い厳密な血糖コントロールをしようとすると、低血糖は絶対に避けられません。むしろ「ある」のが当然です。しかし、ここで真に重要なことは、低血糖を「避ける」のではなく、「なった時にどうするか」なのです。先ほどもお話ししたように、急ブレーキが避けられないのなら、急ブレーキが必要になったときにどうするかに常に備えておくこと。これこそが最も大切なことですから、患者の方にも是非お伝え下さい。

12.「外食療法」指導の必要性
次は食事についてです。入院の際「1800Kcal」を指示されると、毎食きっちり同じカロリー数の食事が出てきます。これは非現実的です。是非とも「外食療法」を指導していただけないでしょうか。

そもそも、毎日毎食、食事の内容が異なるのが普通の人の普通の生活です。本日参加されている管理栄養士の皆さん、毎食毎食カロリーを揃えて食べていらっしゃるでしょうか?もちろんですが、それは「無理」です。

そのように「食事のカロリーを毎回きっちり揃える」というような、非現実的な指導は無意味ではないでしょうか。そうではなく、「どんな食事の変化にも対応できる」方法を指導する方が、日常生活の自由度が高まることになります。現実には難しいですが、入院中に患者をファーストフードやファミリーレストランに連れて行くぐらいのことをしてもいいと思います。

逆に、指導を厳格に守る患者に対しては「しっかりやってるなぁ」と安心・感心している場合ではありません。これらは定常的にかなりの無理が掛かっているため、何らかのきっかけで破綻し、コントロールが壊滅的になるケースが多いので、むしろ要注意と受け止めてください。

13.血糖コントロールは簡単か?
次に、1型糖尿病の血糖コントロールは簡単なのでしょうか?

理論としては簡単です。しかし、実践にはそれなりの知識とスキルが要求されます。「簡単な理論」と「困難な実際」といったところでしょうか。

先ほど、私のHbA1cが6%前後と申し上げましたが、それでも実測値を見てみますと、面白いぐらい乱高下しているんですね。ただ、厳密に考えれば考えるほど、「ハズしたとき」の精神的ショック・ダメージが大きくなってしまうので、ある種の鷹揚さ、いい加減さも必要なのかなとも思います。

さらに最近では、遺伝子組み換えインスリンがごく普通に使えるようになりましたので、これも大きな福音です。これを使えば、「食事を抜く」とか、「間食をする」などの事態にも簡単に対応できるので、ようやく「健常者並みの不健康な生活」が送れるようになってきたというところです。

14.血糖コントロールを安定させるには
では、血糖コントロールを安定させるには、どうすればいいのでしょうか?

ここで、人間の身体が本来行っている機能を考えてみてください。1型糖尿病を扱っている医療機関の多くが、「決められた通りに規則正しく」注射を打ったり食事を摂ってくださいと指導・教育されていると思いますが、健常者が血糖値を一定に保つため、膵臓はどのような制御をしているでしょうか。

そうですね。実は血糖値をフラットに保つためには、極めてダイナミックなインスリンコントロールが必要になるのです。そう考えると、「決められた通りに規則正しく」がいかに無理で無茶な要求かを判っていただけるのではないかと思います。

15.発症時期で異なる「必要な準備とスキル」
また、1型糖尿病の発症時期は多岐に渡りますので、それぞれの発症時期によって、「必要な準備とスキル」が異なってきます。

幼少期であれば、注射が一人でできるようになる
学童期であれば、学校生活に慣れ、低血糖の対応ができるようになる
思春期であれば、身体と心の変化に対応する
青年期であれば、将来の職業についての目処を立てる
壮年期であれば、これまでの生活を維持する

など、いろいろなパターンと組み合わせが考えられます。いずれにしても「これだけやっていれば絶対に正解」という方法はありませんので、個々の患者の状況とニーズに合わせた対応を行ってもらえればと思います。

16.良好な関係を構築・維持してもらうために
良好な関係を構築・維持してもらうために。

今日、こちらに参加されている医療関係者の皆さんの中にも、1型糖尿病の患者とどのような人間関係を構築すればいいか、悩んでいらっしゃる方もおられるかと思います。

まず、医療者自身にできないことをやらせようとしないことです。ちゃんと決められた通りに注射していますか?決められた通りに食事を摂っていますか?…そんなことできません。もしそうした指導をされているとしたら、それはそもそもできないことをやらせようとしているだけです。

そして、患者の失敗を、非難・叱責・嘲笑しないことも、是非お願いしておきます。

血糖測定をしていると、チップを無駄にすることがあります。CSIIを始めたばかりだと、ルートや翼状針などの消耗品をやはり無駄にすることがあります。私たちもそれを好きで無駄にしている訳ではありません。「申し訳ないな…」と思いつつも、支給をお願いせざるを得ないのです。そうやって私たちの命を繋いでいるものなのに、支給をお願いしたとき、「えー、またですかー?この前出したばっかりでしょう?どうしてちゃんとできないの!?」と言われたら、どんな気持ちになるでしょうか?

これはですね、間違いなく「だったらあんたがやってみろよ」と思う訳ですね。

そう思われない・言われないためにどうすればいいか。

「自分で考えて、自分で必要な量を食べて打ってください」。実はこれが一番効果的なんですね。医療者が食事量やインスリン量を決めるのではなく、患者自身が考えてやってみる。そうすると、「他人任せ」にはできませんし、失敗したら全て自分の責任です。そうすると皆んな自ずと真剣に、必死になってくるのです。もちろん医療者からのアドバイスは必要ですし、貴重です。

しかし、それを参考にしつつも、最終的には自分自身で決める。枠を設けて、その中で自由にさせる。いわば「放し飼い」を作って、患者自身が主体的に動けるようになれば、ベストだと思います。

17.我々が置かれている「医療サービス」の現状
そろそろ時間も少なくなってきましたので、今我々が受けている「医療サービス」の現状にも、少し触れておきたいと思います。

まず、我々が毎月支払っている医療費の自己負担額ですが、20才を過ぎて小慢の対象を外れてからは、おおよそ1万円前後となっています。

医療費の自己負担額は、決して少なくありません。20才から70才まで生きたとして、自己負担率が3割、合併症無しの場合でも、約800万円かかる計算になります。ベンツが買えますね。

それから、3分の診療で820点の算定となる「自己注射指導管理料」。これにも我々は疑問を感じています。例えば、指導は要らないから、薬だけをもらえるようにするなど、厚生労働省にはもっと多様な選択肢を用意してもらいたいと思います。

また、血糖測定チップは、なかなか我々の希望通りの枚数は処方されません。点数と仕切り値によって処方枚数が変わってくる訳ですが、これもできるだけたくさんの枚数を処方してもらうよう、医療機関の努力と、厚生労働省の対応改善をお願い致します。

「測らずにうまくコントロール」も無理です。私が今これだけのコントロールができているのも、やはり1日に5回以上の測定が確保されているからです。もちろん、「ただ漫然と測る」のではなく、測る前に予測をすること、そして測ったときに高かったり低かったりしたら、必ず補正を掛けること。それだけでコントロールはかなり違ったものになってきます。

我々は、こうした厳しい状況に置かれている訳ですが、これらは1型糖尿病を取り巻く前提条件として、是非理解しておいてもらえればと思います。

18.我々が求める医療関係者とは
さて、それでは最後に「我々が求める医療関係者」について一度まとめておきたいと思います。

まず、専門知識を活かしたコンサルティングの提供を。

発症初期はもちろん、コントロールがうまくいかなくなった時などは、やはり専門知識を持った皆さんには、親身になって相談に乗ってもらいたいと思います。その際には、原理・原則論だけでなく、個々の患者にヒアリングしてもらい、性格や環境を十分に理解した上で、実際場面で役立つコンサルティングを提供してもらいたいと思います。

そして、アドバイスをしつつも、本人の意志と判断をできる限り尊重してあげてください。

先ほどとは逆のようですが、どれだけ親身になってもらったとしても、最後はやはり他人です。その人の人生に責任を持てるのは、やはり本人自身しかありません。できるだけ多くの選択肢を提示してもらい、後は自分自身の責任で選ばせるようにしてください。自分で選択するのであれば、例えどのような結果になっても、納得できるからです。

また、真の意味での「コミュニケーション」を図ってください。

コミュニケーションとは、「メッセージをやり取りすること」ではありません。「対象となる相手に、その人自身の意志で、こちらが意図する行動を選択してもらうこと」。それがコミュニケーションの目的です。医療者の皆さんには、医療者が患者に取ってもらいたい行動を取ってもらうには、何を・どう伝えればいいのか、そのことを常に考えながら、働き掛けてもらいたいと思います。


結局のところ、我々が真に求めている医療や医療者とは、自分が本当に困ったときに力になってくれる、頼りになる存在のことです。

今日、こちらに参加された皆さんには、慢性疾患を抱える者の「よき理解者・パートナー」として、1型糖尿病患者をこれからもずっと温かい目で見守っていただければと思います。

以上、ご静聴ありがとうございました。

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September 17, 2006

「必要十分な枚数」の血糖測定チップとは?

皆さんはいま現在、1ヶ月につき血糖測定チップを何枚支給されているだろうか。80枚?100枚?それとも200枚?

ただ、それが何枚であれ、「支給枚数に満足している」という人は少ないのではないだろうか。どれだけ血糖コントロールよかったとしても、血糖測定チップは、1型DM患者にとって日常生活に必要不可欠なツールであることに変わりはないからだ。いや、むしろ逆に、我々は血糖測定チップがあるからこそ、我々は血糖コントロールを良好な状態に維持できているのではなかったか。

で、あれば、当然ながら血糖測定チップの支給枚数は潤沢であればあるほどいい。ちなみに私の場合、現在のところ1ヶ月の支給枚数は175枚である。何故か。それは、私が通院している病院では、この枚数が1140点の保険点数で支給できる上限としているからである。

しかし、同じ1型DMの方の話を聞いていると、これはまだ恵まれている方で、1140点で100枚前後の支給枚数となっているケースがかなり多い。1140点なら、自己負担率が3割で、負担額は3420円。結構バカにならない金額だ。これで200枚もらえているのなら、1枚あたり約17円となるが、80枚なら約42円と、倍以上の格差が生じる。「まさか『80枚』なんてことはないでしょう」と苦笑される方もいるかもしれない。ところが、これが笑い事ではない。これまでは「血糖測定を1日に(中略)4回以上行っている者に対して(中略)1140点を加算する」となっていたものが、2006年の4月より「月80回以上測定する場合に1140点を加算する」となってしまったのである。120枚が80枚。実に50%もの大幅削減だ。

従来は「『1日に4回以上』とは、1ヶ月あたりおおむね80回とする」とされていたため、「厚生官僚はこんな簡単な掛け算すらできないのか?」と揶揄されるだけだったが、今回からは名実共に立派な「80回」である。これなら、1140点の算定であっても「80枚出すだけで規定通り」となる。多少の解釈の余地があったものが、どこにも逃げ道のないものに成り果ててしまったのだ。これは事実上の「改悪」とみなしてよい。

「血糖測定チップなんて、1ヶ月に80枚もあれば必要十分ではないのか」。糖尿病専門医や厚生官僚の方はそう仰るかもしれない。ははは。ご冗談を。だったら一度あなた自身が試してみればよい。自己インスリンが全く分泌されなければ、どれだけ努力してもいかに呆気なく血糖値が乱高下するか。本当に必要なとき、必要な枚数の血糖測定チップが使えない生活がどれだけ不安なものか。

ことここに至って、患者としてはどうするのが最善なのだろうか?「80枚の支給では全然足りない!」と指導医療官(厚生省所轄・地方技官)に、毎回毎年全国で是正を勧告するのか、厚労省に支給枚数上限の引き上げを要求するのか、それとも支給枚数分に応じた医療費を負担する「出来高制」を厚労省に提案するのか?

いずれにせよ、このまま放置しておけば、ずるずると支給枚数が減らされていく、あるいは枚数は打ち止めのまま自己負担だけが上がっていくのは、火を見るよりも明らかである。元より「最高」は望めないことは承知している。しかし、「最善」は尽くすべきだ。可能な限り速やかに具体案をまとめ、厚労省にロビーイング活動を展開していく必要があろう。そのための呼び掛けを行う時には、皆さんにも是非協力してもらいたいと切に願うものである。

もはや「国にお任せ」では、何も解決しない時代になってきているのだから。
 

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March 29, 2006

1型DMにとっての「肺吸入インスリン」が意味するもの

1月27日、米ファイザーは、「エクスベラ」の販売を、米食品医薬品局(FDA)が認可したと発表した(欧州委員会は同26日に認可)。いわゆる「肺吸入インスリン」である。

エクスベラは、注射ではなく、肺(肺胞)を経由してインスリンを投与できるインスリン供給システムで、同社とアベンティスが共同開発したものだ。吸入インスリンは他にもいくつかが開発されているが、公的な機関の正式認可を受けたのはエクスベラが世界初となる。米国で今年中に治療に使われるようになる見通しだ。

これは主に2型DMの方をターゲットにした製品なのだが、1型DMに対しても安全性と有効性が確認されたと報告されている。

しかし、である。

肺胞表面で溶液となった高濃度・高浸透圧のインスリンに肺胞膜が長年にわたって曝された結果、そこに何らかの変質が生じないかとの不安(疑念)は、本当にないのだろうか?

もともと肺の機能は、酸素を吸収して炭酸ガスを排泄する「ガス交換」にある訳だが、いくら肺胞の表面積が広く、分子の吸収も可能だからといって、高分子物質を肺胞表面に付着させ、その吸収を期待することに本当に無理はないのだろうか?

また、吸入インスリンの生体利用率(吸収率)は皮下注射より大幅に少なくなる(皮下注射に比べ10倍近いインスリンが必要とされる)ので、その点も気になる。当然ながら、注射に比べ、必要とするインスリンの量も多くなり、治療コストの増加を招くことが懸念される。花粉症や風邪などの際には、鼻腔や気管支の粘膜の状態が与える影響も無視できないであろう。

それでも「肺吸入インスリン」にこれほどの期待が寄せられるのは何故なのか? 

注射がそんなに嫌か?

私が最も心配しているのは、「注射が嫌」であることを理由に、最初から肺吸入インスリンの方に「逃げ」、結局それも放棄してしまい、最終的にはコントロールを乱したり合併症になるようなケースが出てこないかである。今、実用的な手段がもう既に我々の手の届くところにあるんだ。そのぐらい何ともないだろ。違うのか?

まぁ、人類史上初めて飛行機が飛んでから100年ちょっとで、一般人でも実用的なコストで飛行機を利用できるようになった訳なので、今から100年後には「インスリンは注射でも投与できる」が笑い話になっている可能性も否定はできない。

しかし、それでもこの新しいシステムには眉に唾をどっぷりつけて、注意深く監視していく必要があるだろう。

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December 22, 2005

腹腔内埋め込み型人工膵臓

「『埋め込み型人工膵臓』なんてまだまだ遠い先のこと」

…そう思っていたが、実現は意外に近いのかも知れない。

先日、日本IDDMネットワーク主催の「インスリンポンプ(CSII)について考えるセミナー」に参加する機会があったのだが、その中で「埋め込み型人工膵臓」についての紹介があった。

型式名・MMT-2007A、直径8cm、厚さ2cm、重量131g、インスリンの持続供給と血糖センサーによるフィードバックで血糖を自動調整し、2〜3月毎のインスリン補充(外部から注入器による)を行い、1日50単位の注入で電池寿命は約10年。

 http://www.minimed.com/professionals/products/implantablepump/eu.html

これを開発したMedtronicはかなり本気で実用化を目指しているようで、いま現在実際に治験中とのこと(ヨーロッパで?)。

もちろん、「体内埋め込み型」なので、一番最初は外科手術が必要になる。さらに、インスリンの補充や、メンテナンス、そして実際に導入するには保険制度をどうするか…などいろいろな課題はあるかとは思われる。

それでも、このMMT-2007A(もしくはこの改良モデル)は、近い将来に「解決方法」のひとつとして選択肢の中に入ってくるのかも知れない。。

なお、上記ページ以外に詳細情報をご存じの方や、訂正や補足があればご指摘ください。

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December 02, 2004

「1型糖尿病における最新医療を考えるシンポジウム」開催のお知らせ

一昨年末に超速効型インスリンが、そして昨年末に超持続型インスリンがリリースされ、そしてこの春からは日本でも膵島移植が始まるなど、1型DMに関する最新医療の動向はかなりダイナミックなものとなっている。

私自身、膵島移植に対しては医療技術的、医療制度的にプラス・マイナスの両方の強い関心を持っているのだが、さまざまなメディアを通して入ってくる情報だけでは、残念ながら患者自身の視点が反映されておらず、どうしても不十分な印象は否めない。

今回、私も副理事長を務めているNPO法人・日本IDDMネットワーク(≠IDDM-Network)では、来る12月4日(土)に大阪の高槻で「1型糖尿病における最新医療を考えるシンポジウム」を開催することになった。詳細は

 http://gfnet.cool.ne.jp/iddm/

にも掲載されているが、概要は以下の通りとなっている。

 会  場:平成16年12月4日(土)13時30分〜16時30分
      高槻市生涯学習センター2階 多目的ホール
      大阪府高槻市桃園町2−1 高槻市総合センター内

 参加対象:全国の1型糖尿病患者、家族、医療関係者はじめ、広く一般の方々
      約300名(参加者の制限は無し、事前申込不要、無料)

 内  容:遺伝子組換え製剤の効用
      膵島移植の現状
      日本製薬工業協会の広報活動
      パネルディスカッション・1型糖尿病における最新医療

 主  催:・特定非営利活動法人 日本IDDMネットワーク
       〒840-0801 佐賀県佐賀市駅前中央1-8-32
       iスクエアビル3階市民活動フラザ内

      ・大阪くるみの会(大阪府北部を中心とした1型糖尿病患者・家族の会)
       〒569-8686 大阪府高槻市大学町2-7
       大阪医科大学小児科学教室内

 後  援: 厚生労働省、大阪府、高槻市、京都大学、大阪医科大学、
      日本製薬工業協会、大阪糖尿病協会、読売新聞大阪本社、NHK大阪放送局

特に「膵島移植」のセッションでは、京大の移植外科で膵島移植を先頭に立って推進している松本Dr.が出席して講演を行われる予定なので、膵島移植に関する疑問や課題などを、自分自身の視点で確かめるべく参加したいと考えている。

近隣にお住まいでお時間のある方は是非参加してみられてはいかがだろうか。きっと得るものは大きいはずだから。

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November 11, 2004

「地震」と「1型DM」

昨今、1型DMを親に持つ子供の「遺伝子検査」の是非についての話題が盛んである。

親(母親か父親のどちから一方、もしくは両親)が1型DMの場合、その子供が1型DMになる可能性について考えた場合、今後はますます医療技術が発達し、それを予測する精度もどんどん向上していくだろう。

しかし、そこで最終的に問われているのは、「自分の子供が1型DMになるかどうか」の予測精度を上げることではなく、「将来必ず1型DMになると判っていても、それでも自分の子供がほしい」と思えるかどうかではないか、と私は感じている。

で、思うのだが、これは「地震対策」とどこか似ていないだろうか。

今この時期にどのような問題であれ、それを地震対策に喩えるのは、先日の新潟中越地震で被災された方々の状況を思うと「不謹慎」の誹りを免れないかとは思うが、逆に今ならかなりのリアリティを伴って考えていただける可能性があると信じ、私の思うところを綴ってみる。

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10月23日(土)の夕方に発生した新潟県中越地震では、新潟県中越地域を中心とした県内各地で甚大な被害が生じた。亡くなられた方々のご冥福を心からお祈り申し上げますと共に、被災されました皆様にお見舞い申し上げます。新潟の一日も早い復興を祈念致しております。

さて、今の日本では、地震が「いつ・どこで発生するか」についての研究が盛んに行われているが、100%正確な地震予知が望めない限り、現実的な対応策は自ずと限られてくる。

それでは地震に対して、本当に行うべきこととは何であろうか。

当然だが地震それ自体の発生を防ぐことは不可能であるし、発生前の避難も間に合わないであろう。一旦大規模な地震が発生すれば、建物の倒壊や、道路や鉄道の損壊だけでなく、火災などの二次災害の発生、電気・ガス・水道などライフラインの寸断が予想される。

現在、新潟でもこうした非常事態に対応すべく、被災された地域の地方自治体関係者だけでなく、電力やガス、水道などのインフラ関連企業・団体の担当者も、フル回転で復旧作業に当たっている。

また、業務だけでなく、様々なボランティアの方が現地に入って活動しており、各地で行われている義援金の募集に協力した方も少なくないだろう。

しかし、そこで本当に必要になってくることは、「事前の正確な地震予知」よりも、「地震発生後、どのようにしてその地域生活を復旧させ、地域経済を復興させるか」についてのプログラムやノウハウの確立のはずだ。具体的には、早急な仮設住宅の建設と被災程度に応じた復興支援金の個別支給、そして被災された方々を長期的にフォローし、支援内容の調整を行う公的組織の運営である。

今回の新潟中越地震では、先の阪神大震災の教訓がある程度活かされ、初動の救命・救出活動や情報収集のところでは、ある程度の成果を収めたように思われる。

ただ、上記のような大規模な復興プランは、財政出動などやはり国レベルでの速やかでかつ思い切った対応が不可欠となってくる。

それは、取りも直さず、その地域住民の「一刻も早くこれまでと同等の家庭生活を取り戻すこと」であり、「地域生活や地域環境に対する愛着を第一に尊重すること」なのではないだろうか。

ほとんど回復不可能と思われるような壊滅的打撃を受けた地域の方でさえ、「もう一度、あの土地に戻ってやり直したい」と訴えている訳であるから、国はその想いにこそ第一義に応えるべきだろう。

例え今住んでいる地域に地震が来ることが予め判っているとして、国として、その土地での人間関係や生活環境まで捨てさせるのか、やはりこれまでの暮らしを立て直しを手助けするのか、問われているのは「そこ」なのではないだろうか。

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いささか乱暴な喩えであったとは思うが、その「予測不可能性」と「到来不可避性」について、地震と1型DMには共通する要素があるように思えてならない。

要は、国の制度として「災難がいつどこに来るか判らないのであれば、もしそれが来ても困らないように常に備えておいた方がいいのではないか」との問題提起をしたいのだ。

少なくとも私の場合、もし自分に子供ができれば「いつ1型DMを発症しても困らないように」を基本的な考えとして対応するつもりである(もちろん、「自分の子供が1型DMになってもいい」と考えている訳では全くないが)。

私は、地震予知が100%正確にできるがその後の支援が薄ら寒い社会と、正確な地震予知はできないが被災してもその地域の自力復興を手厚く支援する社会を比較するとすれば、文句なしに後者の方を選びたい。

それが「人の道」ではないのか。

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November 10, 2004

DM CoMix

エリアフリー・年齢制限なしのDMヤングの会、「DM CoMix」のオンラインスペース。きょうこさんが運営しておられます。長らく更新がなかったDM CoMixですが、この度Blog形式のサイトとしてリニューアルされました。来年1月より本格的に再始動されるとのこと。こちらは掲示板も設置されていますので、DMに関心のある方には是非気軽に立ち寄ってみられることをお奨めします。アドレスは

 http://dmcomix.exblog.jp/

です。

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October 18, 2004

「膵島細胞移植」は「完治」か

先日、読売新聞のWeb版「YOMIURI ON LINE」に「糖尿病、点滴での膵島細胞移植で完治」との記事が掲載されていた。

 http://www.yomiuri.co.jp/science/news/20041017i301.htm

今年4月から京大で開始された膵島移植の技術は確かに画期的である。肝臓の門脈への点滴による移植なので、手術時にレシピエントに対して懸かる侵襲や負荷が少ないばかりでなく、移植後の生着率も高く、再手術も容易、そして注目されるインスリンからの離脱率もかなりの高率である。

しかし、免疫抑制剤が常に必要とされる治療が果たして「完治」だろうか。

1型DMの場合、これまでは(アミノ酸としての)インスリンの化学組成は完全に同一のものであり、アレルギーや拒絶反応の心配は不要であった。また、最近出荷されるようになったインスリンアナログ、すなわち超速効型インスリンと超持続型インスリンについては、自然界には存在しない化学組成ではあるものの、膨大な臨床試験をクリアし、今のところ重大なアレルギーなどの問題は生じていない。

ところが、この膵島移植には、拒絶反応を抑えるため、免疫抑制剤の服用が必須である。もちろん、これまでインスリン注射やCSIIでどれだけ努力しても良好なコントロールが得られなかった方にとっては大いに朗報であろう。私自身も、この技術には大いに興味・関心を持っている。しかし、免疫抑制剤を服用する以上、インスリン注射の際には存在しなかった、何らかの副作用が必ず認められる筈である。特に、新しい命を宿す可能性のある、将来的に妊娠・出産を希望する女性に対しての適用の是非はどのように検討されているのか?インスリン注射そしてCSIIの時には存在しなかった、新たな問題の発生が予測し得るのではないのか。

そうした問題について我々患者が完全に納得できていないままで、「完治」とのやや煽情的な表現は、できれば控えてもらえればと思う。
 

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July 30, 2004

厚労省が「糖尿病」の対策強化

個々の体質に応じた予防法や治療法の開発など、厚生労働省は「糖尿病」の対策強化に乗り出すことを28日までに決めたそうだ。

 http://newsflash.nifty.com/news/tk/tk__kyodo_20040728tk002.htm

もちろんここでの「糖尿病」とは、「2型糖尿病」のことを指す。

日本人は、民族的に栄養不足状態に最適化しており、欧米人に比べ2型糖尿病になり易いとされている。これに対し、同省は「日本人に適した予防・治療法を開発し、死亡や合併症による後遺症を減らすのが目標」としているようだ。

しかし、そもそも日本人の多くは、「『糖尿病』が『どんな』なのか」自体を正確には理解していない。

「糖尿病」とは「持続的な高血糖状態による全身血管合併症」である。

間違っても「おっさんがなる病気」などと認識されることがあってはならない。

そうした考え方を日本国民全体できちんと共有してもらうためにも、先ず病名自体を「糖尿病」から「高血糖症」に変えるべきだ。そうした方が「自分は血糖が高いので『血糖を下げなければならない』な」との意識が働くことが期待でき、また病院に検査や診察に行こうとする際の抵抗感も、「糖尿病」であるよりも、はるかに軽減できよう。

そして糖尿病」全体の医療環境が改善されれば、結果として1型糖尿病もその恩恵に確実に与れる。

病名を変えるだけで、多くの人の意識と行動傾向を変えられる可能性があるのである。これほど安上がりな方法もそうはあるまい。十分検討に値する事象だと思われるのだが、皆さんのご意見はいかがだろうか。

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July 28, 2004

京大病院で5例目の膵島移植

7月27日、京大病院が、心停止した50代の男性から、近畿地方に住む糖尿病の40代女性への膵島移植を実施したと発表した。京大では5例目で、全国では6例目となる。

 http://www.kyoto-np.co.jp/article.php?mid=P2004072800052&genre=G1&area=K10

今回も1型DMの方への移植であるとすれば(過度の期待は禁物であるが)「1型DM」における治療として「膵島移植」はかなり汎用性の高い方法になってきたことになる。いずれにせよ、無事に生着されることを願わずにはいられない。

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